文学その7

『青空文庫』にある作品を『Google Translate』で英訳してみました。

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故郷七十年:柳田國男(1146-1177)/5348

この堂は、古いおばあ様の代に一建立で建てたもので、その帳の青地の絹はその人の帯であったという話。 This temple was built in the place of an old grandmother, and the blue silk of the book was the person's belt. それから今一つは祖父が壮年のこ…

故郷七十年:柳田國男(1121-1145)/5348

若いころは人に敬遠されるほどのしっかり者だった祖父であるだけに、理性的でそうした群集心理に惑わなかった母は、祖父の態度が可笑しくもあり淋しくもあったのであろう。 The grandfather who was rational and not shy away from the crowd when he was y…

故郷七十年:柳田國男(1095-1120)/5348

疱瘡の見舞に貰ったという五色墨で自分で絵をかいたという唐詩選の画集が、私たちの頃までは残っていたので、改めて父の顔を見直したことがある。 A collection of Tang poetry paintings that I painted myself with five-colored ink, which was said to b…

故郷七十年:柳田國男(1063-1094)/5348

私は田舎を歩く時に、子供の顔付と表情とに興味をひかれる。 When I walk in the country, I am interested in the child's face and facial expression. それからふだんから考えておいた質問を、学校帰りの子供四、五人に、答え易い、考え易い言葉で話しか…

故郷七十年:柳田國男(1028-1062)/5348

それが下総に移ってからは、近所隣とも交際が浅く、言葉もよく通じないので、したくともできない。 After it moved to Shimosa, I couldn't do it because I didn't get along well with my neighbors and I didn't speak well. その上、母は晩年には夜癪を…

故郷七十年:柳田國男(992-1027)/5348

これほど夫婦喧嘩が多かったのである。 There were so many fights between couples. やはり北斎漫画の出た文化文政のころから、長屋というものが始まり、女房は自分らの力だけで亭主をつかまえておくことができないと、長屋に訴え、世論をバックにして、自…

故郷七十年:柳田國男(958-991)/5348

苗字帯刀御免で、大きな役をしていたが、この家が発起人となって、何人かの有力な同志を誘って早くから町学校を建てていたわけである。 It was a big part of the family name, but this house was the founder, and it was a town school that was built ea…

故郷七十年:柳田國男(920-957)/5348

この五百頴翁の歌も形の整ったものであったし、もと妙徳山の坊主で後では還俗した田郷という人も、記憶される故郷の歌人の一人である。 The 500-song song was well-formed, and Tago who was originally a shakutoku shaven and later reverted is one of t…

故郷七十年:柳田國男(886-919)/5348

西光寺野がいまのように水利の便が出来る以前は、県当局が意識してこの道を盛んにする方法をとったようである。 It seems that the prefectural authorities were conscious of taking this way before Saikou-Terano was able to use water as usual. 車屋…

故郷七十年:柳田國男(853-885)/5348

稲の穂を、昔は親指と人さし指とにはめこんだ二本の竹切れで扱き落していた。 In the past, the ears of rice were treated with two pieces of bamboo fitted between the thumb and index finger. それが竹を櫛の歯のようにならべた器具に変り、一度にざっ…

故郷七十年:柳田國男(821-852)/5348

そして私ら子供たちが大人になりかけ、世の中のことが判るようになったころには、もう返していたのかと思う。 And I think that we had already returned when the children became adults and came to understand the world. それから十年後に、長兄がはじ…

故郷七十年:柳田國男(786-820)/5348

明治八年に私が生れた時分の家は他所から移して来た前記の小さな家に変っていた。 The house where I was born in 1890 was changed to the small house that was moved from another place. 両親としてはこの家を建てるのに入り用が多かったに違いないから…

故郷七十年:柳田國男(756-785)/5348

二軒に分れ、一軒はかなり良い生活をし、もう一軒、つまりこの家が私の方の本家の最初らしいが、開墾者として、自分で労働をしなければならない家であった。 Divided into two houses, one lived quite well, and the other, the house, which seems to be t…

故郷七十年:柳田國男(756-785)/5348

二軒に分れ、一軒はかなり良い生活をし、もう一軒、つまりこの家が私の方の本家の最初らしいが、開墾者として、自分で労働をしなければならない家であった。 Divided into two houses, one lived quite well, and the other, the house, which seems to be t…

故郷七十年:柳田國男(722-755)/5348

その話をきいて、私は播州の伊藤一族を思い出した。 That reminded me of the Ito family in Banshu. 私の家から分れたに違いないのに、私の家の分家でもなく、一族でもない。 It must have been separated from my house, but not my house or a family. つ…